学力低下、モラルハザード、いじめ、自殺、リストカット、
ニートや引きこもり、フリーターの増加・・・。
現代の子ども達を危惧する多くの声が日々様々なところから聞こえてきます。
また、学校教育のサービス業化、私立学校の台頭や所得格差などによる
教育格差など、子どもたちを取り巻く教育環境にも、
多くの悲鳴が叫ばれています。
しかし本当に子どもたちは、そして学校教育は、
変わってしまったのでしょうか。
確かに子ども側も、昔と比べて価値観に変化があるのでしょう。
お母さんが作ってくれる夕食を待たなくても、
彼らは、コンビニで105円出せばおにぎりが買えることに慣れています。
ケータイに向かってプチプチと親指を使えば、行きたい場所への行き方が探せます。
住んでいる地域や通っている学校の中で、気の合う人をみつけることに
苦労しなくてもネットを利用してクリックすれば、同じ趣味の友達が作れます。
クラスの嫌いな人とは話さなくても、突っぱねてその時間に我慢して、
ケータイの電源を入れれば、もっと居心地のいいコミュニケーションの時間を
得ることができます。
顔を見たことがなくても、声を聞いた事がなくても、
文字と単語で自分を表現すれば友達も恋人も、最近では家族までも、
すぐに作れてしまうわけです。
学校の授業の時間寝ていても、受験に必要な科目だけ効率的に暗記できる方法を
教えてくれる塾に行けば、テストの点数はとれるんです。
苦労しなくてもAを求めればAを得られることを知っている彼らが、
いつその価値が分かるか分からない「学び」を楽しむことは難しくなっている
のかもしれません。すべて、大人が作った仕掛けの中で、子どもたちはそれを
大人よりも上手に駆使して大人が知らないコミュニケーションを
覚えているのです。
とはいえ、私たちがこの6年間の活動を通じて分かったのは、
子どもたちは悲観視されているほど、変貌してはいないということです。
みんな、今の自分に迷っています。本当は何かやってみたいと思っています。
将来のことがよくわからなくて不安を抱いています。今の自分のままでいい、
なんていう満足をしきってなんかいません。
お父さんやお母さんに本当は知ってもらいたい事、たくさんあるみたいです。
彼らは、まだ知らないわくわくする経験や、苦しんだからこそ得られる
成長を知らないだけ。世代が違う人たちにうまく説明できない自分の気持ちを
伝える勇気が持てないだけなのです。
変わってきたのは、私たち大人の姿勢や、学校教育に求めるニーズなのではないでしょうか。
格差はいつの時代でもあったはずです。
大切なのは格差を危惧することではなく、自分の日常を受け入れて、
何かどう楽しめるかを考える事、それを応援できる大人の存在です。
学校現場の先生方も頑張ってる先生がたくさんいらっしゃいます。
大人が先生への不満を口にするから、子どもも先生の話を聞かなくなるのです。
子ども達には、自分たちへの危惧の声も、学校教育へのクレームも、
すべて敏感に伝わっているのです。
今、あらためて、社会全体として取り組まなければいけないのは、
一人ひとりの子どもたちと向き合い、じっくりと耳を傾け、彼らを動機付けながら、
ゆっくりとコミュニケーションをすることです。
そして、「大丈夫!」って励ましてもらえること、ダメな事はダメだと
叱ってもらえること、「頑張ったね」って褒めてもらえること、
夢をじっくり聞いてくれること、例えばその夢にリスクがあるのなら、
それをしっかり伝えてくれる事、大人だからこそ知っている、
世界や経験を話してあげること・・・。
そういった、ホンキでコミュニケーションをしてくれる人の存在があれば
きっと彼らは憧れて、自分も、大人になりたくなるはずです。
21世紀になって7年経ちました。
いま、大人が子どもとのコミュニケーションを見直して、
一人でも多くの子どもたちがわくわくする憧れやドキドキする挑戦をたくさん
できるよに支える事が、子どもたちが近い将来社会を担う人材になったとき、
もっと笑顔あふれる社会にしていってくれる大人になるでしょう。
私たちには、その確信があるのです。







